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静岡地方裁判所 昭和62年(ワ)196号 判決

第一九六号事件・第四三三号事件原告

小谷幸一

ほか一名

第一九六号事件被告

鈴木邦之

第四三三号事件被告

大東京火災海上保険株式会社

主文

一  被告鈴木邦之は、原告小谷幸一に対し、金一一二二万六六三七円、原告小谷美那子に対し、金一一二二万六六三七円及びこれらに対する昭和六一年五月一七日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告小谷幸一及び原告小谷美那子の被告鈴木邦之に対するその余の請求並びに被告大東京火災海上保険株式会社に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告小谷幸一及び原告小谷美那子と被告鈴木邦之との間に主じたものをはこれを三分し、その二を被告鈴木邦之の、その余を原告小谷幸一及び原告小谷美那子らの負担とし、原告小谷幸一及び原告小谷美那子と被告大東京火災海上保険株式会社との間に生じたものは全部原告小谷幸一及び原告小谷美那子らの負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(第一九六号事件)

1 被告鈴木邦之は、原告らに対し、金三八〇〇万円及びこれに対する昭和六一年五月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告鈴木邦之の負担とする。

3 仮執行の宣言

(第四三三号事件)

主位的請求の趣旨

1 被告大東京火災海上保険株式会社は、原告らに対し、金二五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年五月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告大東京火災海上保険株式会社の負担とする。

3 仮執行の宣言

予備的請求の趣旨

1 被告大東京火災海上保険株式会社は、原告らに対し、金一四〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告大東京火災海上保険株式会社の負担とする。

3 仮執行の宣言

第二当事者の主張

(第一九六号事件)

一  請求原因

1 原告らの長男である小谷幸人(以下「幸人」という。)は、以下の交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した。

(一) 発生日時

昭和六一年五月一七日午後一一時三〇分頃

(二) 発生場所

静岡県榛原郡御前崎町御前崎一八番地の二先道路上

(三) 事故の態様

被告鈴木邦之(以下「被告鈴木」という。)運転の普通貨物自動車に幸人が同乗中、被告鈴木がスピードを出しすぎたために、カーブを曲がりきれずコントロールを失い、道路標識に衝突横転したものである。

(四) 幸人の死亡

右事故により、幸人は、昭和六一年五月一八日午前〇時二五分死亡した。

2 被告鈴木は、自動車を運転するに際し、道路状況等を適切に判断し、安全に自動車を運転する義務があるのに、これを怠り、本件事故を発生させ、幸人を死亡させたのであるから、民法七〇九条により、損害賠償責任を負うところ、被害者幸人は右のように死亡し、原告らがその相続人である。

3 損害

(一) 逸失利益 金四四七八万四九二一円

(1) 幸人の定年までの逸失利益

死亡年齢満二五歳、年収(昭和六〇年分給与所得)金三四一万三七三三円、定年満六〇歳であり、死亡時独身であつたため、生活費割合を五〇パーセントとし、また、幸人の勤務していた会社では、給与規定により昇給が認められているので、定年までの毎年の昇給率を三パーセントとして右昇給を加味した定年までのライプニツツ係数二四・四九四一により算出した逸失利益は、金四一八〇万八一五八円である。

三、四一三、七三三×〇・五×二四・四九四一=四一、八〇八、一五八

(2) 定年後就労可能年齢までの逸失利益

六一歳の高専卒男子の年間平均給与額は、金四三六万五三〇〇円であり、生活費割合を三五パーセントとして、定年後七年間のライプニツツ係数は、一・〇四九一である(死亡時の年齢から就労可能年齢とされる六七歳を差引いた年数は、四二年間であるから、その係数から更に定年までの三五年間の係数を差引いたもの)から、それにより算出される逸失利益は、金二九七万六七六三円である。

四、三六五、三〇〇×〇・六五×一・〇四九一=二、九七六、七六三

(二) 慰謝料 金一三〇〇万円

幸人の死亡による慰謝料は、金一三〇〇万円が相当である。

(三) 葬儀費用 金二二一万六三五九円

原告らは、長男である幸人の葬儀費用として、金二二一万六三五九円を支払つた。

(四) 弁護士費用 金二〇〇万円

原告らは、被告鈴木が誠意を見せないため、本訴の提起を余儀なくされ、弁護士費用として、金二〇〇万円の支払を約した。

4 よつて、原告らは、被告鈴木に対し、不法行為に基づき、幸人及び原告らが被つた損害金六二〇〇万一二八〇円のうち、金三八〇〇万円の支払及びこれに対する昭和六一年五月一七日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求の原因に対する答弁

1 請求原因1のうち、(一)の発生日時(二)の発生場所(四)の幸人の死亡は認める。(三)の事故の態様については争う。

2 同2のうち、原告らが幸人の相続人であることは認め、その余は争う。

3 同3は不知又は争う。

4 同4は争う。

三  被告鈴木の主張

1 被告鈴木と幸人とは、小、中学校時代の同級生で、学校を卒業してからも交際を続けていた。

昭和六一年五月一七日(土曜日)の夜、幸人は、勤務先から使用を任されている普通貨物自動車(トヨタカローラバン・白色・五八年式・名古屋四六ほ五二六六号、以下「本件事故車」という。)を運転して、被告鈴木の借りているアパートを訪問した。

同夜、幸人は、被告鈴木方に泊つていく約束であつたので、午後六時三〇分頃から午後八時頃までの間に、ポテトチツプス、チーズ、コンビーフ等をつまみに、ビール生樽二リツトル、ブランデー水割り(ボトル約二分の一)を飲んだ。

この後、被告鈴木の作つたカレーライスを食べ、アルバムを見て雑談をしあつていたが、午後一〇時四五分頃幸人が突然「夜の海が見たい。」と言い出した。

被告鈴木は、幸人とアパートで寝るだけであると考えて、右のように飲酒したものであるので、幸人の提案に驚いて「運転は平気か。」と質問したところ、幸人は、「平気だ。」と答えたため、已むなく幸人と同行することとし、幸人が自分の乗つてきた本件事故車を運転し、被告鈴木が助手席に乗つて出発した。

被告鈴木は、幸人に進路を指示しながら海岸に向かつたが、途中道を間違えるなどのことがあつたため、被告鈴木が幸人と運転を交代した。

海岸に出て海を見ていたところ、幸人が再び、「御前崎のサーフインをやつている所に行こう。」と誘つたため、被告鈴木が運転して再度御前崎に向かつた。

ところがその途中、被告鈴木運転の本件事故車が軽四輪車に追い抜かれたことから、幸人が「軽に抜かれたぞ。」と被告鈴木をけしかけたため、被告鈴木も「軽のくせに。」と思つて、時速一〇〇キロメートル位で進行して、本件事故を惹起したのである。

2 前述のとおり、本件事故は、被告鈴木と幸人の両名が相当量の飲酒の後、幸人の発案で夜の海岸見物、御前崎のサーフイン見物に向かつたもので、被告鈴木がスピードを出しすぎたのも、幸人の発言が契機となつている。

以上の事情を総合して考察すれば、本件事故は、被告鈴木と幸人の両名が共同で本件事故車を運行して、その利益を享受し、その危険も負担し合つていたのであるから、不法行為法を支配している公平の原則から見て、相手方に対し、損害賠償を請求するなどということは、信義則に違反し、権利の濫用であつて、到底是認されうるものではない。

3 仮に、前項の主張が認められないとしても、本件事故については、幸人にも飲酒後自ら運転して夜の海岸見物に被告鈴木を誘い、あるいは飲酒している被告鈴木に運転を交代させ、更に他車から追越しされるや、これを抜き返すよう被告鈴木をけしかけるなど、無謀な運転を教唆して被告鈴木をして無謀運転を行わせた責任があるのであるから、損害賠償額の算定に当たつては、右の事実を斟酌して、大幅な減額をすべきである。

因みに、本件事故については、自賠責保険は無責であるとして、一切の保険金の支払いを行つていない。

四  被告鈴木の主張に対する認否

1 被告鈴木の主張1のうち、被告鈴木と幸人とが小中学校時代の同級生であることは認めるも、その余は不知。

2 同2は争う。

3 同3は争う。

なお、本件事故について自賠責保険の判断は、幸人が、自賠法にいうところの「第三者」に該当しないとされたものであつて、被告鈴木自身の不法行為責任が否定されたものではない。

(第四三三号事件)

一  請求原因

(主位的請求)

1  原告らの長男である小谷幸人(以下「幸人」という。)は、以下の交通事故(以下「本件事故」という。)により死亡した。

(一) 発生日時

昭和六一年五月一七日午後一一時三〇分頃

(二) 発生場所

静岡県榛原郡御前崎町御前崎一八番地の二先道路上

(三) 事故の態様

被告鈴木邦之(以下「被告鈴木」という。)運転の普通貨物自動車(社名トヨタカローラバン一三〇〇・登録番号ナゴヤ四六ホ五二六六・車台番号KE七二―五〇一六七五三(以下「本件事故車」という。))に幸人が同乗中、被告鈴木がスピードを出しすぎたために、カーブを曲がりかれずコントロールを失い、道路標識に衝突横転したものである。

(四) 幸人の死亡

右事故により、幸人は、昭和六一年五月一八日午前〇時二五分死亡した。

2  訴外東芝メデイカル中部サービス株式会社(以下「中部サービス」という。)は、昭和六〇年七月頃、被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告大東京」という。)との間において、本件加害車について自動車保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結していた。

そして、本件事故当時中部サービスは、訴外日本メデイカルリース株式会社(以下「メデイカルリース」という。)からその所有の本件事故車を使用借りし、被用者である幸人にこれを使用させて営業活動を行わせてきた。

よつて、被告大東京は、本件加害車の運行供用者である中部サービスの運行によつて発生した損害についての賠償責任を負うべきである。

3  損害

(一) 逸失利益 金四一八〇万八一五八円

死亡年齢満二五歳年収(昭和六〇年分給与所得)金三四一万三七三三円、定年満六〇歳であり、死亡時独身であつたため、生活費割合を五〇パーセントとし、また、幸人の勤務していた会社では、給与規定により昇級が認められているので、定年までの毎年の昇級率を三パーセントとして右昇級を加味した定年までのライプニツツ係数二四・四九四一により算出した逸失利益は、金四一八〇万八一五八である。

三、四一三、七三三×〇・五×二四・四九四一=四一、八〇八、一五八

(二) 慰謝料 金一三〇〇万円

幸人の死亡による慰謝料は、金一三〇〇万円が相当である。

(三) 葬儀費用 金二二一万六三五九円

原告らは、長男である幸人の葬儀費用として、金二二一万六三五九円を支払つた。

(四) 弁護士費用 金二〇〇万円

原告らは、被告が誠意を見せないため、本訴の提起を余儀なくされ、弁護士費用として、金二〇〇万円の支払を約した。

4  よつて、原告らは、被告大東京に対し、自賠法三条一項・同一六条一項に基づき、幸人及び原告らが被つた損害金五九〇二万四五一七円のうち金二五〇〇万円の支払及びこれに対する昭和六一年五月一七日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(予備的請求)

1  本件保険契約には自損事故条項として、以下のとおりの定めがある。

第一条 被告大東京は、被保険自動車の運行に起因する急激、且つ、偶然な外来の事故により被保険者が身体に傷害を被り、且つ、それによつてその被保険者に生じた損害について自賠法三条に基づく損害賠償請求権が発生しない場合に保険金を支払う。

第二条 自損事故条項において、被保険者とは、被保険自動車の保有者・運転者及びこれ以外の者で、被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者をいう。

第五条 被告大東京は、被保険者が第一条の傷害を被り、その直接の結果として死亡した時は金一四〇〇万円を死亡保険金として、被保険者の相続人に支払う。

2  本件事故は、主位的請求の原因に示したとおり、被保険自動車の運行に起因する急激、且つ、偶然な外来の事故であり、幸人は、本件事故当時、被保険自動車の助手席に同乗していたものであつて、「被保険自動車の正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中」であつた。

3  よつて、原告らは、被告大東京に対し、本件保険契約に基づき、金一四〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六三年一〇月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二 請求原因に対する認否

(主位的請求)

1  請求原因1は不知。

2  同2の前段、中段及び後段のうち、中部サービスが本件加害車の運行供用者であることは認めるが、その主張は争う。

3  同3は不知

4  同4は争う。

(予備的請求)

1  請求原因1は認める。

2  同2は認める。

3  同3は争う。

三 被告大東京の主張

(主位的請求)

1  本件事故車は、原告らの主張のとおりメデイカルリースの所有に属し、中部サービスが前記会社とのリース契約にもとづき、自車の営業車輌として継続的に使用してきたものであるが、本件事故の被害者幸人は、中部サービスの静岡営業所技術者として、出向サービスのつど右車両をほとんど毎日専用車として使用していた。

2  ところで、幸人は、昭和六一年五月一七日静岡県小笠郡浜岡町に所在する町立浜岡病院に医療器械を据えつけるために本件事故車を運転して出かけたが、同日午後六時ごろ右据付作業を完了した。その後、幸人は、焼津市内の自宅の父親に電話を入れて被告鈴木方に泊る旨連絡し、本件事故車を運転して被告鈴木のアパートに行つて同人と会つた。そのさい、二人で夜の海を見るためにドライブをしようということになり、偶々被告鈴木所有の車が修理中だつたために本件事故車を使用することとし、当初幸人が運転して出発したが、途中で被告鈴木が運転を交代して幸人が助手席に同乗中本件事故が発生した。

3  そうしてみると、本件事故当時、幸人は、本件事故車を自己のために運行の用に供していたと認められるから、運行供用者に該当し、中部サービスとともに共同運行供用者に該当するところ、前者が後者に比して、より直接的、具体的、顕在的な運行支配を有していたこととなり、幸人が中部サービスに対して自賠法三条が規定する損害賠償請求の要件たる他人性を取得しえない関係にあるといわなければならない。

(予備的請求)

1  前述のとおり、本件事故者は、中部サービスの使用権限にもとづき、同社の社員である幸人が営業上使用を認められていたものであるところ、中部サービスの承諾を得ないで終業後勝手に友人とのドライブの目的で運行中に本件事故が発生したものである。

2  本件保険契約における自損事故条項には、保険金を支払わない場合の態様の一つとして「被保険者が被保険自動車の使用について、正当な権利を有する者の承諾を得ないで被保険自動車に搭乗中に生じた損害」を挙げている。

3  したがつて、本件事故は、右免責条項に該当し、被告大東京は、原告らの請求にかゝる保険金の支払義務を負担しない。

四 被告大東京の主張に対する認否、反論

(主位的請求)

1  被告大東京の主張1は認める。

2  同2は認める。

3  同3は争う。

4(一)  幸人は、中部サービスに入社後、しばらく中部サービスの営業用車両を使用させてもらえなかつた。これは幸人の運転技術の問題ということではなく、中部サービスの方針として新入社員には営業用車両の運転をさせなかつたことによる。その後、幸人が営業社員として稼働しはじめるにつれて、本件事故車両を専用的に使用することを許されるに至つたものである。

(二)  ところで、中部サービスは、その事業内容が医療機器の設置、保守であり、取引先が病院等の医療関係施設であることから、営業活動が深夜にまで及ぶことが多く、それゆえ、営業社員は、中部サービスの営業用車両を通勤ないしは私用に使用することを許されていた。

(三)  すなわち、営業活動が深夜にまでわたる場合、いつたん中部サービスに戻つて各営業社員の所有する自動車に乗り換えて帰宅するという手間を省くために、営業先から直接、営業用車両に乗つて帰宅することを許されていたものである。

このような場合、営業用車両に乗つて帰宅する営業社員がその営業用車両を、私用に使用することは当然予想さるべく、中部サービスは、この点も許諾していたものと見るのが相当である。

本件事故日、幸人は、浜岡町立浜岡病院に医療機器を設置した後、静岡市内の中部サービスに戻る手間を省くため本件事故車に乗つて被告鈴木方へ向かつたもので、運転自体は、幸人の私用目的でなされてはいても、中部サービスの使用許諾の範囲内のものと見るべく、なお、中部サービスの運行供用者性は、失われていないものと見るのが相当である。

(予備的請求)

1  被告大東京の主張1のうち、幸人が中部サービスの承諾を得ないで勝手にドライブをしたことは否認し、その余は認める。

2  同2は認める。

3  同3は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一第一九六号事件について

一  請求原因1のうち、本件事故発生の日時、発生場所、幸人の死亡については当事者間に争いがない。

二  そして、原本の存在及び成立に争いない乙第一号証の一ないし一五、同第二号証の一ないし一一、同第三号証の一ないし三〇、同第四号証、同第五号証の一ないし八、同第七号証、同第八号証の一ないし三、同第九、第一〇号証、同第一二、第一三号証を総合すれば、被告鈴木は、飲酒したうえ事故車を運転して御前崎方面に向かう途中、事故現場手前の交差点で停止した後発進した際、軽四輪自動車に追い抜かれたため、時速約一〇〇キロメートルに加速して走行中、片側一車線で制限速度四〇キロメートルの道路が右カーブになつていたので右にハンドルを切ったところ、事故車が横すべりしてコントロールを失い、道路標識に衝突し、路上に横転したため、助手席に同乗していた幸人を死亡させるに至つたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、被告鈴木が制限速度四〇キロメートルの道路を時速約一〇〇キロメートルで走行するという無謀運転をしたため、本件事故を惹起したというべきであるから、自動車運転上の過失があることは明らかであり、被告鈴木は、民法七〇九条により本件事故によつて生じた損害を賠償する責任を負うべきでものである。

三  そこで、原告らの損害について判断する。

1  幸人の逸失利益 金二九七〇万六五五〇円

原本の存在及び成立に争いのない甲第六号証、同七号証の一、二に弁論の全趣旨によれば、幸人は、本件事故当時二五歳であつて、中部サービスに勤務し年間金三四一万三七三三円の収入を得ていたことが認められるから、本件事故によつて死亡しなければ、少なくとも今後六七歳までの四二年間、中部サービス等に勤務して年間平均金三四一万円程度の収入を得ることができたものと推認される(定年まで毎年三パーセント昇給するとか、六〇歳後の収入が金四三六万五三〇〇円であると認めるに足りる証拠はない。)。

したがつて、右年間平均収入金三四一万円を基礎とし、これから生活費として五〇パーセントの割合による金額を控除し、ライプニツツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益を算定すると、その額は、次の計算式のとおり、合計金二九七〇万六五五〇円となる。

三、四一〇、〇〇〇×〇・五×一七・四二三二=二九、七〇六、五五〇

2 慰謝料 金一三〇〇万円

幸人が本件事故によつて被つた精神的苦痛に対する慰謝料は、原告ら主張どおり金一三〇〇万円をもつて相当とする。

3 相続

原告らは幸人の相続人であることは当事者間に争いがないから、右1、2の損害金四二七〇万六五五〇円を法定相続分に従い二分の一宛相続したものというべく、その額は、原告らにつきいずれも金二一三五万三二七五円となる。

4 葬儀費用 合計金八〇万円

原告小谷幸一本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、原告らは、幸人の葬儀費用として相当額の金員を支出したものと推認されるが、原告らの社会的地位、幸人の年齢、家族関係等からみて、右金員のうち、原告らそれぞれにつき金四〇万円をもつて幸人の死亡と相当因果関係に立つ損害と認めるのが相当である。

5 弁護士費用 合計金一四〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らが本訴の提起と追行を弁護士に委任し、相当額の費用等を支払うことを約したものと認められるが、本件訴訟の内容、審理の経過、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係に立つ損害としては、原告らそれぞれにつき金七〇万円とするのが相当である。

四  進んで、被告鈴木の免責及び減額の主張について判断する。

1  被告鈴木と幸人が小中学校時代の同級生であることは当事者間に争いがなく、前掲乙第八号証の一ないし三、同第一二、第一三号証、成立に争いない丙第四号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 幸人は、昭和六一年五月一七日の夜、勤務先の用務を終えた後、友人の被告鈴木と友好を深めるため、勤務先から使用を許されていた本件事故車を運転して、被告鈴木の借りているアパートを訪ねた。

同夜、幸人は、被告鈴木方に泊つて行く予定であつたため、午後六時三〇分頃から、被告鈴木とともに、ポテトチツプス、スライスチーズ等をつまみにし、世間話しや仕事の話しなどをしながら、ビール生樽二リツトル、ブランデイー三〇〇CC程度を飲み、その後、被告鈴木が作つたカレーライスを食べた。

(二) 午後一〇時四五分頃、幸人は、突然「夜の海を見たい」と言い出したが、被告鈴木が「酒を飲んで大丈夫か」と尋ねたところ、「大丈夫だよ」と答えたので、幸人が運転してきた本件事故車を運転して、近くの浜岡砂丘のある海岸に行くことにし、幸人が本件事故車を運転し、被告鈴木が助手席に同乗して出発した。

そして、幸人は、国道一五〇号線を浜松方面に向かつて走行したが、途中海岸に入る道路を通過してしまつたので、被告鈴木が「行き過ぎてしまつた」と言つて、幸人に車を停車させ、付近の地理に詳しい被告鈴木が幸人と運転を交代した。

(三) そして、被告鈴木は、本件事故車を運転し、間もなく浜岡砂丘のある海岸に到着したので、幸人とともに車から降りて海を見ていたが、幸人が「御前崎海岸へ行けば夜でもサーフインをやつているかもしれない」と言つて、御前崎海岸に行くことを誘つたため、御前崎海岸までドライブすることにした。

そして、被告鈴木が本件事故車を運転して国道一五〇号線を御前崎方面に向かつて走行したが、海岸道路に出た直後の交差点の対面信号が赤色であつたため、片側二車線の右側車線で先頭に停止した。

(四) 被告鈴木は、対面信号が青色に変つたため発進し、左側車線に寄つたところ、右後方から軽四輪自動車が一気に加速し、時速約七〇キロメートルで追越していつたが、その際幸人が「軽にぬかれたぞ」といつたため、右軽四輪自動車を追いかけることにし、一気に加速し、時速一〇〇キロメートルのスピードで走行し、右軽四輪自動車の前に出た。

その後、被告鈴木は、緩やかなカーブに差しかかつた際には減速したこともあつたが、直線道路では先向車も対向車もなかつたため、時速約一〇〇キロメートルで走行していたところ、本件事故現場近くに差しかかつた際急に道路が右にカーブしていることを認めたため、急ブレーキをかけることもなく右にハンドルを切つたところ、本件事故車が横すべりをしてコントロールを失い、道路標識に衝突し、路上に横転した。

(五) 幸人と被告鈴木が、被告鈴木の借りているアパートを出発してから本件事故現場まで本件事故車を運転走行した距離は、約二一・三キロメートルであるが、幸人が運転したのは約一・八キロメートルであり、被告鈴木が運転したのは約一九・五キロメートルである。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  以上認定の事実によれば、飲酒のうえ、ドライブに誘つたのは幸人であるうえ、幸人が「軽においぬかれたぞ」と言つて被告鈴木に追越しを示唆したものというべきであるが、交差点やカーブを無視して時速約一〇〇キロメートルのスピードで暴走することまでも示唆したものではなく、他方、被告鈴木としては、被告鈴木方から本件事故現場までの大半、本件事故車を運転したものであるうえ、幸人の示唆により軽四輪自動車を追越してからかなりの距離を運転走行しており、その間自らの判断でカーブなどの道路の状況に十分注意することなく時速約一〇〇キロメートルで運転走行していたというべきであるから、本件事故を惹起した責任の大半は被告鈴木にあると断せざるを得ない。

右のような判断を前提とすれば、本件事故につき、幸人ないしその相続人である原告らが、被告鈴木に不法行為責任を問うことが、信義則に反し、権利の濫用であるとまで断ずることは許されず、弁護士費用を除くその他の損害額を五割程度減額するにとどめるのが相当である。

したがつて、右の限度で被告鈴木の主張は、理由があるというべきである。

五  よつて、原告らの被告鈴木に対する本訴請求は、原告小谷幸一及び原告小谷美那子のそれぞれにつき金一一二二万六六三七円(円未満切捨)及びこれに対する幸人の死亡した昭和六一年五月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余を失当として棄却すべきである。

第二第四三三号事件について

(主位的請求について)

一  原本の存在及び成立に争いのない甲第一、二号証、乙第一号証の一ないし五、同第二号証の一ないし一一、同第三号証の一ないし三〇、同第四号証、同第五号証の一ないし八、同第七号証、同第八号証の一ないし三、同第九、第一〇号証、同第一二、第一三号証を総合すれば、主位的請求原因1の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二  ところで、主位的請求原因2の前段、中段及び後段のうち、中部サービスが本件加害車の運行供用者であることは当事者間に争いがないところ、被告大東京は、幸人が中部サービスに対して自賠法三条の要件たる他人性を取得しえない関係にある旨主張するので判断する。

1 前掲乙第一二、第一三号証、成立に争いないの丙第一ないし第四号証、証人斉藤通康の証言及び原告小谷幸一本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一) 幸人は、沼津高専卒業後の昭和五六年四月、名古屋市の中部サービスに入社したが、静岡営業所に配置されて放射線機器技術担当として勤務し、主として静岡県中部に所在する医療機関を勤務先から使用を許された本件事故車を運転して巡回し、放射線装置及び放射線治療機器の据付けとメンテナンスを行つていた。

(二) 本件事故車は、メデイカルリースの所有であるが、中部サービスがこれを業務用としてリース借りし、日常、ガソリン代・修理費などの費用を負担したものの、幸人に対し、ほぼ専用車としてその使用を許し、幸人としては一か月二五日程度これを業務用として運転使用していたが、勤務先の許可を得て自宅に乗つて帰つたこともあつた。

(三) 幸人は、本件事故当日の朝、静岡県小笠郡浜岡町に所在する町立浜岡病院に医療機器を据付けるために本件事故車を運転して出かけたが、同日午後六時頃右据付作業を終了した。その後、幸人は、焼津市内の自宅の父親に電話を入れて友人の被告鈴木と友好を深めるため同被告方に泊る旨連絡し、本件事故車を運転して被告鈴木の借りているアパートを訪れた。

(四) 幸人は、被告鈴木のアパートで飲食したのち、夜の海を見るためドライブすることとし、みずから本件事故車を運転し、被告鈴木を同乗させて、被告鈴木のアパートを出発して近くの浜岡砂丘のある海岸方面に向かつたが、途中道を間違つたため、付近の地理に詳しい被告鈴木に運転を交代してもらつて本件事故車を走行させているうち、被告鈴木のスピードの出しすぎにより本件事故車を道路標識に衝突させ、路上に横転するという本件事故が発生し、幸人が死亡するに至つた。

2 右認定の事実によると、幸人は、勤務先の業務終了後の夜間に本件事故車を業務とは無関係の私用のためみずからが運転しこれに被告鈴木を同乗させてドライブに出かけたのであり、本件事故当時の運転者は被告鈴木であるが、幸人が道を間違えたために、たまたま運転を交代したというのであるから、幸人は、本件事故当時、本件事故車の運行をみずから支配し、これを私用に供しつつ利益を享受していたものというべきである。

したがつて、本件事故の被害者である幸人は、本件事故当時においては本件事故車を自己のために運行の用に供していた者というべく、しかも、その具体的な運行に対する支配の程度態様において幸人の運行支配が直接的、顕在的、具体的であるのに対し、他の運行供用者である中部サービスのそれは間接的、潜在的、抽象的であるというべきものであるから、幸人は、中部サービスに対し自賠法三条の「他人」であることを主張することは許されないといわざるを得ない。

三  よつて、被告大東京との間の本件保険契約に基づき保険金の支払を求める原告らの主位的請求は理由がなく、失当として棄却すべきものである。

(予備的請求について)

一  予備的請求1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  ところで、本件保険契約における自損事故条項には、保険金を支払わない場合の態様の一つとして「被保険者が被保険自動車の使用について、正当な権利を有する者の承諾を得ないで被保険自動車に搭乗中に生じた損害」を挙げているところ、被告大東京は、本件事故は右免責条項に該当すると主張するので、この点について判断する。

1 前掲乙第一二、第一三号証、丙第一ないし第四号証、証人斉藤通康の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば、幸人は、放射線装置及び放射線治療機器の据付け及びメンテナンスのために、勤務先から本件事故車を運転使用することを許されていたが、その保管は、勤務先の専用駐車場とし、車の鍵も同所に保管することになつていたこと、幸人が帰宅のために本件事故車を使用することもあつたが、その際には勤務先の許可を得ることになつており、また、業務の都合上使用当日勤務先に返還できないときは、予め許可を得ることになつており、私用には許可しないし、他人に転貸することなどは許さないことになつていたこと、本件事故当日幸人は、町立浜岡病院に医療機器を据付けるため本件事故車を運転して出かけたが、同日午後六時頃右据付作業を終了したので、その旨勤務先に連絡し、本件事故車を勤務先に返還しなくてはならなかつたが、勤務先に無断でこれを運転して友人の被告鈴木のアパートを訪問したこと、幸人は、被告鈴木のアパートで飲食したのち、夜の海を見るためにみずから本件事故車を運転してドライブに出かけ、途中被告鈴木に運転を交代してもらつて本件事故車を走行させているうち、本件事故が発生したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

2 右認定の事実によれば、幸人は、勤務先の許可を得ないで本件事故車を私用に利用したものであるうえ、被告鈴木も、中部サービスの承諾を得ないで本件事故車を運転していたものというべきであるから、被告大東京は、本件事故について生じた傷害ないし損害について、保険金の支払を免れるものと解するのが相当である。

3 よつて、原告らから、被告大東京に対し自損事故条項に基づき保険金の支払を求める予備的請求は理由がなく、失当として棄却すべきである。

第三結論

以上の次第であるから、原告らの被告鈴木に対する本訴請求は前記認定判断の限度において一部理由があるからこれを正当として認容するが、被告鈴木に対するその余の請求並びに被告大東京に対する請求は理由がないからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎勤)

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